
裏方としてプロレス業界に身を置くようになった坂井良宏は、やがてレスラーの独創性に気づき、自らもそれを目指すようになった。当然、他のレスラーたちと同じように、彼もまた“受け身”という壁に直面する。『八百長★野郎』(エンターブレイン刊)なんて本を書くことになろうとは思っていないマッスル前夜。坂井はどうやって『マッスル』の萌芽を見つけたのか?(聞き手=村上謙三久)
- アニマル浜口ジムにも通い、いざプロレスをやってみたところ、意外に難しかったと。
- 「ナメてましたね。受け身1つ取れないどころか、それ以前に開脚前転ができなくて(苦笑)。みんな“体が硬くてもタイミングでできる”って言うんですけど、未だにできないですからねぇ」
- 失礼ですが……運動神経が悪いとか?
- 「悪いですね。高校の体力テストでも、本気でやって、10段階で4でしたから。あの頃は最も剣道を頑張ってる時期で、大会に行くと他校の女子に“写真を撮らせてください”なんて言われてたんですよ。なのに、4だったと」
- DDTでの合同練習はどうでした?
- 「当時はまだDDTの道場がなかったんで、週1回の興行日にしかリングを使った練習はできなかったんです。だから、普段はジムでウェイトトレーニングをやったりするしかないというか。さらに、他にバイトをしたり、DDTの映像を作ったりしていると、もう時間がないんですよ。これは参ったなと思って」
- これじゃ一向に上達できないと。
- 「そうなんですよ。DDTって学生プロレス出身が多いじゃないですか。運動神経という部分はわからないけど、プロレスだけを見たらやたら巧いわけです。理屈もわかっているし。それに対して、僕は練習生になって半年経っても、受け身がなんとかできるぐらい。それを見るに見かねて声を掛けてくれたのが、HERO!ことHARASHIMAさんで、“うちの帝京大学へ練習においでよ”と。帝京大学のプロレス研究会ってリングはないんですけど、体育マットを2枚敷いて、受け身の練習はできたんですね。そこでプロレスの基本的な技術はそこで学べばいいと言われて、聖蹟桜ヶ丘の帝京大学にある体育用具室に通ってたんです、週に2回(苦笑)」
- HARASHIMAさんに指導されたんですか?
- 「いえ、HARASHIMAさんはすでに卒業してたんで。たまに来ても、軽くストレッチをやったら、あとはひたすらガチンコのスパーリングをやってて、しかもメチャクチャ強いと。意味がわからなかったですね(苦笑)。ちょうど帝京大学には、ガッツ石島が現役学生として在籍してたんで、彼にプロレスを教えてもらいました。ボディスラムから受け身から全部」
- 師匠はガッツ石島選手(笑)。
- 「ええ、残念ながらガッツ石島が師匠です…。ドロップキックも彼の根気のある指導でできるようになりましたから。僕は正面跳びのドロップキックは今もできなくて、できるのは横向きのドロップキックなんです。高木さんはやっぱり高野拳磁の弟子なんでしょう、“ドロップキックができないとDDTはデビューさせない”と言ってるんですよ」
- そんな“人間バズーカイズム”が未だに(笑)。
- 「まあ、大家健は相変わらずドロップキックができないんですけどね(笑)。最初、手を出されて“ここにドロップキックを出せ”と言われても、できなかったんですよ、僕。跳躍力があれば同時に2本の足でジャンプして出せるんでしょうけど、僕の運動神経では無理だと。そうしたら、ガッツ石島は“できないなら、できないなりにやる方法がある”と言うんです」
- ガッツ流指導法ですね(笑)。
- 「まず“片足だけなら上がるだろ?”と。それは身体が硬いなりにできたんですよ。そうしたら、“片足を上げたら、残った足をその横に寄せればいい”って言うんです。そこから相手の胸板を蹴って、身体を反転させて、前受け身を取るまでが動きなんですけど、右足を上げて、その横に左足を寄せるというのを跳びながらやったら、簡単にできたんですよ。そういう感じで、プロレスのリングに上がるまでの技術は帝京大学のプロレス研究会で学びました」
- 練習生ながら試合にも出てましたよね。
- 「ダークマッチを1〜2試合やって、その辺りから、ららぽーとでビアガーデンプロレスが始まったんですけど、そのメインイベントにもう出てましたから。1試合目は高木さんとのタッグで、相手は金村キンタロー&三和太組でしたね。“練習生だけど、メインでも大丈夫だろ?”みたいな。いっそのこと、デビューしなければいいんじゃないかって。練習生として完成されちゃったんですよ(笑)」
- 心境はどうでした?
- 「ビアガーデンプロレスって毎日試合をやるわけですよ。ほぼ毎日、一見に近いお客さんが来る。僕が一番の若手だったんですけど、リング上をパッと見たら、僕が強そうに見えるんですよ、体格的にも身長的にも間違いなく。技術とかじゃなく、僕を中心にお客ちゃんは見てしまう。だから、真面目にやって僕が負けると、会場の雰囲気が悪くなっちゃう。そこでバランスを取る意味で、コスチュームもピンクのツーショルダーに『S』という字を入れたり、入場曲も『ダンシング・クィーン』にしてみたり、ふざけるしかなかったんですよ。で、最終的にはダイビングニードロップを避けられて、負けるという」
- プロレスラーになった実感は?
- 「ん〜、どんなんであろうと、一見さんにしてみたら練習生もメインイベンターも関係ないじゃないですか。事実、練習生と言われながらも、試合がつまらなかったら、マイクで面白いことを言って取り返すしかないというぐらいの気持ちでやってましたから。そもそもプロレスに練習生なんてないんですよ。ヒールとか、若手とか、中堅とか、マスクマンとかと一緒で、練習生というキャラクターなんです。セコンドをやっている時点で練習生も立派なプロレスラーですから」
- そこから一時、映像班に専念することになったのは、なぜですか?
- 「DDTで映像をメインでやってた方が辞めて、その後は僕が試合をやりながら、誤魔化し誤魔化しDDTの映像を作ってたんですけど、当時はちょうどDDTの動員も減ってきていて、そのタイミングで高木さんが経営までやることになったんです。団体として失敗は許されない状況になっていて、それなら僕は裏方に集中した方がいいものを作れるんじゃないかって。試合に出たいというのはあくまでも僕のエゴですから」
- DDTは早い段階から映像の比重が大きかったですもんね。
- 「今なら佐藤大輔さんみたいな人もいるけど、当時は基本的にサムライTVやブロンコス、テレビ朝日あたりがプロレスの映像を担当してたんです。やっぱり当時は大きい団体の方が編集もうまいし、面白いし、高級そうというか、メジャー感があったんですよ。そこに対して、まだ学生だった藤岡(典一)にそれっぽいものを作らせてちゃダメだろうなって。映像も試合も3分なら、興行の中では同じ3分。そのぐらい重要なものなんですよ。だから、編集の技術は無いなりに、僕がレスラーを休んでいた期間の映像は、自分で言うのもなんですけど、ホントに素晴らしいです」
- 自画自賛するほどに(笑)。
- 「ええ、もうホッントにいい映像で。ちょうどWWEの日本での人気が頂点だった頃ですからね。テレビというコンテンツを無視した『666』や、お金を掛けてメジャーな人を使う『ハッスル』も出てきてて、DDTの立ち位置が一番揺らいでいたというか。ちょうど(男色)ディーノとか、猪熊(裕介)さんとか面白い選手も増えてきたし、彼らがやりたいことを活かす映像を作った方がいいのかなって思ってました」
- そういう状況が落ち着いた時に、“マッスル坂井”に改名して『マッスル』がスタートするんですよね。
- 「あの頃、自分の中でプロレスを使って見せたいものとか、表現したいものは、あくまでもDDTでやるもんだと思っていたんですよ。だから別枠として、初期の『マッスル』は存在してて、コンセプトもローカルインディーから選手を発掘するオーディション興行だったんですよ」
- そこからプロレスを使って何かを表現するという今の『マッスル』になっていったのは、坂井さんの意図があったからなんですよね。
- 「DDTでも表現できないことってあるじゃないですか。例えばスローモーションとか、俺とディーノだけだったら、もっと違うことができるのにっていうプレイヤーとしての欲求が、徐々に出てきてて」
- 『マッスル』がスタートして4年経ちましたが、その中にブレていない芯はあるんですか?
- 「それはありますよ!」
- ズバリ、『マッスル』で何を表現したいんですか?
- 「ええ!? いきなりそう言われると……」
- そもそも、プロレスである必要性って坂井さんの中にはあります?
- 「それは絶対ありますね」
- プロレスという形でないと表現できない“なにか”があると。
- 「やっぱり“スポーツ”であり“格闘技”なんですよ」
- スポーツや格闘技を題材にしたドラマじゃダメなんですか?
- 「それが僕にとってのプロレスなんですよ。スポーツや格闘技のドラマ・映画っていうのがプロレスなんです。純粋にそう思ってますよ。だって、映像を見ただけじゃ伝わらないものってあるじゃないですか。現場の生の迫力は絶対に伝わらないでしょ? 入場や退場の時に照明を見て感じる高揚感とか、受け身の音とか。逆転勝利した時の感動とか、素直な驚きとか、裏切られた時の悲しさなんかもそうです」
- それってプロレスの魅力そのものですね。
- 「ずっと勝てなかった相手に勝つ。できなかった技ができるようになる。そういうスポーツが持っている感動的な要素、メカニズムというのを見せる最高の舞台がプロレスというジャンルそのものだと思うんで。プロレス以外じゃ、そこまでの感動を生み出すのは無理でしょう。ビジネスとして考えたら、毎週それを作らないといけないんですから。だいたい、自分でボクシングができるんだったら、サッカーができるんだったらもうやってると思いますよ。でも、僕は10段階で4しか運動神経がないんで」
- 一度聞いてみたかったんですけど、坂井さんってプロレスは好きなんですか? あんまり好きではないんじゃないかと思う部分もあったんですけど(笑)。
- 「凄いところを突いてきますね(苦笑)。うーん、なんて言ったらいいんですかねぇ…。プロレスが嫌いだったらできないですよ。ただ、僕の立場で好きって言っていいんですかね?」
- え、ダメなんですか?(笑)。
- 「聞かれたことないから考えてなかったですけど、好きか嫌いかと言われたらムチャクチャ好きだと思います。じゃなきゃ、こんなことやってませんから」
- そりゃそうですね(笑)。本日はありがとうございました!
- ※このインタビューは2008年12月に収録されたものです。
- ■マッスル坂井作品紹介■
- 『八百長★野郎』
- 定価1600円/エンターブレインより絶賛発売中!※詳しくはこちらへ!
-








